ヒップホップについて語ろう

音楽、ラップ、文化

英語が分からなくともファンになれる

 米国のヒップホップ作品を聴いていると、たまに「何て言ってるのか分かるの?」と尋ねられる事がある。ラップの歌詞は基本全て英語だからだ。しかも黒人独特のスラングである。その時の僕の答えは、「まぁだいたい」とか、「ハッキリ分からないけど、なんとなく」という曖昧なもの。だから「よく分からずに聴いてるのか」という印象を与えているようだ。でも、日本語だろうと完璧に歌詞を聴き取れない事だって幾らでもある。それでも好きなものは好きなのだ。これは読書や映画ではない、音楽である。

 

 ヒップホップの楽しみ方は様々で、一字一句聴き取ってナンボのリリカルな曲も確かに多いが、ラップフローやトラック(ボーカルを除いたインストルメンタルの部分)を聴かせる曲だって多い。僕がヒップホップにハマるキッカケとなったMethod Man & RedmanのHow Highというタイトルは後者のいい例だ。ドスのきいたベースを鳴らす煙たいトラックに、相性バッチリの2人がラップを掛け合う。彼らは共に独自のフローを持っており、2人が交互にマイクをリレーするとジェットコースターである。フローとはヒップホップのリズムであり、言葉のドラムだ。ラップの良さがいまいち分からない人は、ヒップホップのスタンダードなリズムをまずは掴んで欲しい。ラッパー達はそこから各々のスタイルでアレンジを加えてゆく。

 

 ラップのファンでは無いが、トラックは好きだと言う人も多いのではないか。実際、ラップを載せないトラックのみのジャンルも存在する。ヒップホップ界には素晴らしいトラックメイカーが多数存在しており、例えばジャズ、ソウル、フュージョンなどをベースにした作品の多いQ-Tip。彼自身、特徴のある声でさりげない玄人好みのラップをするが、注目すべきは数々のトラックである。Q-Tipが所属するA Tribe Called Questのアルバムは歌詞を追わなくても十分楽しめる。ジャズが好きならGangstarrのアルバムもいい。業界で最もリスペクトされたプロデューサの1人、DJ Premierがトラックを担当している。A Tribe Called Quest, Gangstarrの楽曲が好きであれば Pete Rock & CL Smooth も必ず気に入るだろう。Pete Rockも数々の名曲を生み出した名プロデューサだ。彼らのアルバムはラップ無しのインストルメンタルのみでも聴ける。

 

 ラップフローやトラックの味わい方が解れば、あなたはもう十分ヒップホップファンだ。でも、もし余力があればラップの歌詞を理解する事に挑戦して欲しい。トラック、フロー、歌詞の三位一体で名作を耳から吸収した時、その良さは別次元である。名台詞がいいタイミングで並んだ時をパンチラインと呼ぶが、鳥肌が立つ事必至だ。僕がヒップホップにハマり始めたのは大学生だった20歳位の時。当時はトラック中心で中古レコードを掘っていた(ダンボール箱に無造作に詰めこまれたレコードから良さげな盤を探すこと。Disk Unionや渋谷のDMR, Manhattan Records, シスコなどが溜まり場だった)。それからずっとヒップホップが好きで、もうすぐ40歳だが、最近は歌詞の内容を重視する様になって来ている。と言っても、僕は初見では大体2-3割程度でフック(サビ)の部分や繰り返しならば分かる程度。なんども聞き返したり、歌詞を読んでみてやっと使っている単語がクリアになる。解読に良く利用するのはGeniusと言うウェブサイトだ。(Genius | Song Lyrics & Knowledge)リリカルなラッパーの言葉を一字一句理解する際に重宝している。このサイトのおかげでKendrick Lamar の大ファンになる。そして、フローとトラック中心で聞いていたNasの名作を歌詞の内容に一歩踏み込んで理解するようになったが、あまりにかっこよすぎてチビる程だ。

 

 これから歌詞にも踏み込んで見ようと思う方、まずはBig LのEbonicsを聴いて、その歌詞を追ってみて欲しい。ヒップホップで頻繁に使われるスラングを説明する名曲です。そこからニューヨークのストリートに於ける黒人たちの生活風景が見えてくるでしょう。

 

2Pacになれない僕ら

歯に衣着せぬどころの騒ぎじゃない。ラッパーは命懸けで思いの丈をぶちまけるところがある。保身的で自分の殻に閉じこもりがちな自分はとても憧れる。

 

ラッパーがよく使うrawという言葉がある。本来の意味は生(ナマ)ということになるが、これはスラングで、嘘や飾りのない、心底本気の、といった意味合いがある。ヒップホップの作品はrawなものが多く、いい意味で作品を評価する時にも使われる。

 

それが仇となって、攻撃的過ぎたり、不適切な表現として批判されることもしょっちゅうだ。だが、世間体を気して言葉を選んだ歌詞など、ダサくてファンはついてこないのもこの業界だ。

 

だから、歌詞が過激な内容であっても、比喩や韻などの表現力を駆使して芸術のレベルまで高められるか、それともただの下品で低俗な趣味となるかが評価の分かれ目だ。90年代はNasが、今の世代はKendrick Lamarが芸術的な詩(Lyricalと言われる)の担い手としては代表格とされている。

 

Nasと同じ90年台において活躍した、このヒップホップという文化の象徴とも言える2Pacは、よりrawさが際立っている。その作中の言葉使いは時に物議を醸し出し、世間と激しくぶつかり合ったがそれ故に支持層の忠誠も深いものとなった。結局は対立グループに銃撃されて25歳の若さでこの世を去ったが、以降多くのラッパーは、「自分たちストリートに生まれた黒人は25歳までしか生きられない」、と皮肉交じりに歌う事が多い。

 

彼らが短命なのはクラック(コカイン系の麻薬)売買に成り行きで手を染め、利害関係がこじれて殺される事も多い、黒人の居住区に生まれ育つ者達のありがちなストーリーが背景にある。

 

そんな人生が日常にある者達にとって、ストリートから脱出して、音楽産業で生計を立てる事は願ってもない。自らのラップを業界人に披露できる事は千載一遇のチャンスだ。だから、歯に衣着せるどころでは無い。混じりっけない純粋な、本気の思いをラップに載せるわけだ。

 

そんな無数のラップの極々一部が、脚光を浴びる事になる。